2011年09月27日

9.19さよなら原発集会にて

こんにちは、ミドリマンです。

すっかり朝晩も涼しくなり秋らしくなってきましたね。
みなさんはいかがお過ごしですか??

 福祉の職場で働くと、各月々に色々なイベントがあり職員は大忙しですが、現場を離れて感じたことは、季節ごとのイベント(秋なら芋ほりや収穫祭・運動会や遠足)など、ほんのささいな行事でも、メリハリがあり、季節を感じられ日本独自の文化(お月見など)にも触れられるとても貴重な経験をしているんだなと改めて感じます。

 職場にいる時は何気なく保護者の方にも「保育園でいろいろな行事に触れさせてもらって助かる」などの声も聞いていましたが、現場を離れた今、本当にその言葉の意味を実感しています。



さて、本日は記事のタイトルにも書きました通り先日東京・明治公園で行われた「“9.19さよなら原発”集会」に関して紹介をします。

当日は僕も参加をし(現地でたくさんの福祉保育労の青年とも会えました!!)反原発を訴えてきましたが、参加者が多く会場の公園に行くのも一苦労!!実際公園には人が入りきれず、泣く泣く公園の外で集会に参加!!


それもそのはず、なんとその日全国から集まった仲間はなんと


【60000人!!】


どこもかしこも 人 人 人!!

たくさんの人たちと原発NOと訴えてきました!!


そんな中、著名人の方や、現地の方々からスピーチがあり、どれも本当に心を打たれる内容でしたが、本日は以下に福島から9.19さよなら原発集会に参加をされた方のスピーチを紹介したいと思います。




以下感動のスピーチです。是非ご一読下さい

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19日 福島隊の先頭で訴えていました。



  こんにちは。福島から参りました。 今日は、福島県内から、また、避難先から何台ものバスを連ねて、たくさんの仲間と一緒に参りました。初めて集会やデモに参加する人もたくさんいます。福島で起きた原発事故の悲しみを伝えよう、私たちこそが原発いらないの声をあげようと、声をかけ合いさそい合ってこの集会にやってきました。

  はじめに申し上げたい事があります。

  3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆる事に取り組んできたみなさんひとりひとりを、深く尊敬いたします。

  それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。

  そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子どもたち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心からあやまりたいと思います。本当にごめんなさい。

  みなさん、福島はとても美しいところです。
東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。桃・梨・りんごと、くだものの宝庫中通り。
猪苗代湖と磐梯山のまわりには黄金色の稲穂が垂れる会津平野。

そのむこうを深い山々がふちどっています。
山は青く、水は清らかな私たちのふるさとです。

  3.11原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャとなりました。

  大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。
  すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人々が悩み悲しんだことでしょう。

毎日、毎日、否応無くせまられる決断。逃げる、逃げない? 食べる、食べない? 洗濯物を外に干す、干さない? 子どもにマスクをさせる、させない? 畑をたがやす、たがやさない? なにかに物申す、だまる?
さまざまな苦渋の選択がありました。

  そして、今。半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、

・真実は隠されるのだ
・国は国民を守らないのだ
・事故はいまだに終わらないのだ
・福島県民は核の実験材料にされるのだ
・ばくだいな放射性のゴミは残るのだ
・大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ
・私たちは棄てられたのだ

  私たちは疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。

  でも口をついて出てくる言葉は、

「私たちをばかにするな」「私たちの命を奪うな」です。

  福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。

・子どもたちを守ろうと、母親が父親が、おばあちゃんがおじいちゃんが・・・
・自分たちの未来を奪われまいと若い世代が・・・
・大量の被曝にさらされながら、事故処理にたずさわる原発従事者を助けようと、労働者たちが・・・
・土を汚された絶望の中から農民たちが・・・
・放射能によるあらたな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が・・・
・ひとりひとりの市民が・・・

国と東電の責任を問い続けています。

そして、原発はもういらないと声をあげています。

私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。

  私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の地にとどまり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。

私たちとつながってください。私たちが起こしているアクションに注目してください。

政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び。そして、どこにでも出かけ、福島を語ります。

今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。

私たちを助けてください。どうか福島を忘れないでください。




  もうひとつ、お話したいことがあります。

  それは私たち自身の生き方・暮らし方です。

  私たちは、なにげなく差し込むコンセントのむこう側の世界を、想像しなければなりません。便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っている事に思いをはせなければなりません。原発はその向こうにあるのです。

  人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物がほかにいるでしょうか。

  私はこの地球という美しい星と調和したまっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。

  どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。誰にも明確な答えはわかりません。

できうることは、誰かが決めた事に従うのではなく、ひとりひとりが、本当に本当に本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。ひとりひとりにその力があることを思いだしましょう。

  私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。そして、つながること。

  原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。

  たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめあい、互いのつらさを聞きあいましょう。怒りと涙を許しあいましょう。今つないでいるその手のぬくもりを、日本中に、世界中に広げていきましょう。

  私たちひとりひとりの、背負っていかなくてはならない荷物が途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかにほがらかに生き延びていきましょう。


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2011年08月09日

「平和宣言」「平和への誓い」 考えあいたいこと

ども、Tamyです。

今日は、66年前に長崎に原子爆弾が落とされた日。8月6日の広島に続いて。

8月9日の原子爆弾は、私のふるさと・福岡県北九州市小倉に投下されるはずでした。

曇天で投下を断念し、第2候補の長崎へ。

あまり知られていませんが、1945年の春から、原子爆弾の投下候補地は検討がすすみ、

5月段階では、横浜、京都、広島、小倉にしぼられて。

その後、二転三転もして、8月に。

なぜ、京都が外れ、広島、小倉(長崎)になったのか。

米軍の原爆投下の目的とは。そしてその被害は・・・。

親もほとんどが戦後世代の青年組合員。

今年は放射線の恐怖におびえる夏を迎えています。

8月20・21日の福祉保育労青年部「なつわか。」、その21日のオプション企画平和コースでは、それらについても考え合えるはずです。

8月6日の広島市平和記念式典での「平和宣言」「平和への誓い」、8月9日の長崎市平和祈念式典での「平和宣言」を、長文になりますが転載します。


***

平和宣言

66年前、あの時を迎えるまで、戦時中とはいえ、広島の市民はいつも通りに生活していました。かつて市内有数の繁華街であった、ここ平和記念公園の地にも、多くの家族が幸せに暮らす姿がありました。当時13歳だった男性は、打ち明けます。――「8月5日は、中学2年生の私にとっては久しぶりに一日ゆっくり休める日曜日でした。仲良しだった同級生を誘って、近くの川で時間の経つのも忘れて夕方まで、砂場でたわむれ、泳いだのですが、真夏の暑いその日が彼との出会いの最後だったのです。」

ところが、翌日の8月6日午前8時15分に、一発の原子爆弾でそれまでの生活が根底から破壊されてしまいます。当時16歳だった女性の言葉です。――「体重40キロの私の体は、爆風に7メートル吹き飛ばされ意識を失った。意識が戻ったとき、辺りは真っ暗で、音の無い、静かな世界に、私一人、この世に取り残されたように思った。私は、腰のところにボロ布をまとっているだけの裸体で、左腕の皮膚が5センチ間隔で破れクルクルッと巻いていた。右腕は白っぽくなっていた。顔に手をやると、右頬はガサガサしていて、左頬はねっとりしていた。」

原爆により街と暮らしが破壊し尽くされた中で、人々は、とまどい、傷つきながらもお互いに助け合おうとしました。――「突然、『助けて!』『おかあちゃん助けて!』泣き叫ぶたくさんの声が聞こえてきた。私は近くから聞こえる声に『助けてあげる』と呼びかけ、その方へ歩み寄ろうとしたが、体が重く、何とか動いて一人の幼い子供を助けた。両手の皮膚が無い私は、もう助けることはできない。…『ごめんなさい』…。」

それは、この平和記念公園の地のみならず、広島のいたるところに見られた情景です。助けようにも助けられなかった、あるいは、身内で自分一人だけ生き残ったことへの罪の意識をいまだに持ち続けている人も少なくありません。

被爆者は、様々な体験を通じて、原爆で犠牲となった方々の声や思いを胸に、核兵器のない世界を願い、毎日を懸命に生き抜いてきました。そして、被爆者をはじめとする広島市民は、国内外から心温まる多くの支援を受け、この街を蘇らせました。

その被爆者は、平均年齢77歳を超えながらも、今もって、街を蘇生させた力を振り絞り、核兵器廃絶と世界恒久平和を希求し続けています。このままで良いのでしょうか。決してそうではありません。今こそ私たちが、すべての被爆者からその体験や平和への思いをしっかり学び、次世代に、そして世界に伝えていかなければなりません。

私は、この平和宣言により、被爆者の体験や平和への思いを、この世界に生きる一人一人に伝えたいと考えています。そして、人々が集まる世界の都市が2020年までの核兵器廃絶を目指すよう、長崎市とともに平和市長会議の輪を広げることに力を注ぎます。さらに、各国、とりわけ臨界前核実験などを繰り返す米国を含めすべての核保有国には、核兵器廃絶に向けた取組を強力に進めてほしいのです。そのため、世界の為政者たちが広島の地に集い核不拡散体制を議論するための国際会議の開催を目指します。

今年3月11日に東日本大震災が発生しました。その惨状は、66年前の広島の姿を彷彿させるものであり、とても心を痛めています。震災により亡くなられた多くの方々の御冥福を心からお祈りします。そして、広島は、一日も早い復興を願い、被災地の皆さんを応援しています。

また、東京電力福島第一原子力発電所の事故も起こり、今なお続いている放射線の脅威は、被災者をはじめ多くの人々を不安に陥れ、原子力発電に対する国民の信頼を根底から崩してしまいました。そして、「核と人類は共存できない」との思いから脱原発を主張する人々、あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々がいます。

日本政府は、このような現状を真摯に受け止め、国民の理解と信頼を得られるよう早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきです。また、被爆者の高齢化は年々進んでいます。日本政府には、「黒い雨降雨地域」を早期に拡大するとともに、国の内外を問わず、きめ細かく温かい援護策を充実するよう強く求めます。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、「原爆は二度とごめんだ」、「こんな思いをほかの誰にもさせてはならない」という思いを新たにし、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に全力を尽くすことを、ここに誓います。
 
平成23年(2011年)8月6日

広島市長 松 井 一 實
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/index.html

***


平和への誓い

今年、3月11日、東日本では、大震災によって、たくさんの人が命を失いました。
今でも行方がわからない人がたくさんいます。
多くの人が大切な家族や友だちを失い、津波で何もかもなくなった被災地の姿に、
わたしたちは言葉を失い、悲しく、胸が苦しくなりました。

66年前の今日、午前8時15分、広島に原子爆弾が投下されました。
爆風が何もかも吹き飛ばし、炎がすべてを焼き尽くし、人々の当たり前の生活と、
多くの尊い命が一瞬にして奪われました。
どんなに苦しかったでしょう。
どんなにつらかったでしょう。
どんなにくやしかったでしょう。

わたしたち一人一人は、だれもがみな大切な存在です。
それなのに、どうして人間は、たくさんの命を犠牲にして戦争をするのでしょうか。
戦争を始めるのは人間です。人間の力で起こさないようにできるはずです。

悲しみに満ちた広島に草木が芽生えました。
人々は、平和への強い思いをもって、復興に向けて歩みはじめました。
未来をつくるのは人間です。
喜びや悲しみを分かち合い、あきらめないで進めば、必ず夢や希望が生まれます。

わたしたちは、人間の力を信じています。
人間は、相手を思いやり、支え合うことができます。
人間は、互いに理解し合い、平和の大切さを伝え合うことができます。
わたしたちは、今を生きる人間として、夢と希望があふれる未来をつくるために、
行動していくことを誓います。


平成23年(2011年)8月6日
こども代表
広島市立三篠小学校6年 福原 真拓
広島市立己斐小学校6年 藤田 菜乃歌
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1311661960463/index.html

***

平成23年長崎平和宣言

 今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、私たちは愕然としました。爆発によりむきだしになった原子炉。周辺の町に住民の姿はありません。放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。
 「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。
 自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか……、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。
  たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。

 福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。
 世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。
 核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。
  世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂する恐ろしさを。
 人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい爆風。廃墟には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。
 そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。

 一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。
 オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。
  アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。
 日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被爆者の実態に即した援護の充実をはかってください。  
 長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被爆の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。
  「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被爆の写真パネルを展示してください。被爆地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。  

 1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。
  原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。  


2011年(平成23年)8月9日
長崎市長 田上 富久
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/japanese/appeal/index.html
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2010年09月25日

列車の運休 不発弾処理で

こんにちは、t@niです。
平和に関連して。

今日、電車に乗ろうと改札を出ると…


100925_090422.jpg

不発弾処理

…のポスター。


処理のため、電車が一時運休になるというもの。


こういったポスターを目にして、一般的には戦争は終わったと言われるものの、不発弾などがみつかるということに「戦後」という表現が正しいのかどうか。

考えさせられます。

どうか、無事に処理が終わりますように。


▼ 大阪では、太平洋戦争末期、アメリカ軍による無差別爆撃・空襲が50回以上もおこなわれ、1万人以上もの命が奪われ、家を失うなどした被災者は120万人にも上ったそうです。

そして戦後、軍人への保障はされたものの、民間人の空襲被害への補償はありません。
この大阪大空襲をめぐって、裁判がとりくまれています。

大阪空襲訴訟 原告団・支える会のブログ ↓

http://www.osaka-kusyu.org/blog/


私たち福保労の仲間も裁判支援にとりくんでいます。
また、機会があれば、ぜひご覧ください。
posted by てくてく。 at 10:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

心を打たれた 少女のスピーチ

職場で見つけた一冊の本。

『私たちはいま、イラクにいます』

13歳の少女が、勇気と誇りをもって読み上げた 非戦メッセージを紹介します。(ミドリマン)





2003年2月3日、カナダ国境に近いメーン州で行われた町の平和集会。

イラク戦争が目前に迫り、国民の多くが戦争を支持しているという報道の中、

自分自身で調べ、考え、まとめあげた非戦スピーチを読み上げることは

13歳の少女にとって大きな勇気が必要だった。

しかし、自分の気持ちに誇りをもち、堂々と読み上げたこのメッセージは、大きな拍手と歓声に包まれた。

そして瞬く間にインターネットを通じて各国に広まり、いまや世界中の人々から熱い共感の声が寄せられている。

自分の声を世界中の人が聞いてくれた。 もう少女にためらいは、ない。





以下、シャルロット・アルデブロン(Charlotte Aldebron)さんのスピーチ。


 「イラクの子どもたちはどうなるの?」

 

 イラク爆撃というと、何を思い浮かべますか。軍服を着たサダム・フセイン、あるいは銃を持つ口ひげの戦士たち、それともアル・ラシッドホテルのロビーの床に「犯罪者」という言葉と一緒に描かれたジョージ・ブッシュ元大統領のモザイクでしょうか。

 でも、考えてみて下さい。イラクの2400万人の国民の半分が15歳より下の子どもなんです。1200万人の子どもです。私みたいな。私はもうすぐ13歳になります。だから、私より少し大きいか、もっと小さな子どもたちです。女の子じゃなくて男の子かもしれないし、髪の毛の色も赤毛じゃなくって茶色いかもしれないけれど、とにかく私みたいな子どもたちです。だから、私のことを見て下さい。よく見て下さいね。イラクを攻撃するときに考えなきゃいけないことが分かるはずです。みんなが破壊しようとしているのは、私みたいな子どものことなんです。

 もし、運が良かったら、一瞬で死ねるでしょう。91年の2月16日にバグダッドの防空壕(ごう)で「スマート(高性能)」爆弾に殺された300人の子どもみたいに。そこでは、爆風による激しい火で、子どもと母親の影が壁に焼き付けられてしまいました。

そんなに運が良くなければ、じわじわと死んでいくのでしょう。ちょうど今、バグダッドの子ども病院の「死の病棟」で苦しんでいる14歳のアリ・ファイサルみたいに。アリは湾岸戦争のミサイルで劣化ウランによる悪性リンパ腫ができ、がんになったのです。

 もしかしたら、痛みにあえぎながら死んでいくかもしれません。寄生虫に大事な臓器を食われた18カ月のムスタファみたいに。信じられないことですが、ムスタファは25ドル程度の薬で完全に治ったかもしれなかったのに、制裁で薬がなかったんです。

 死ななかったとしても、外からは見えない心理的な打撃に悩みながら生き続けるかもしれません。91年にイラクが爆撃されたとき、小さな妹たちと一緒にやっと生き延びた恐怖を忘れられないサルマン・ムハンマドみたいに。サルマンのお父さんは家族みんなを同じ部屋で寝させました。そうすれば一緒に生き残れるか、一緒に死ねると思ったからです。サルマンはいまだに空襲警報の悪夢を見るのです。

 アリみたいに独りぼっちになるかもしれません。アリは湾岸戦争でお父さんが殺されたとき3歳でした。アリは3年間毎日お父さんの墓を掘り返しました。「大丈夫だよ、お父さん。もう出られるよ。ここにお父さんを閉じこめたやつはいなくなったんだよ」って叫びながら。でもアリ、違うの。そいつらが戻ってきたみたいなんです。

 ルアイ・マジェドみたいに何の傷も負わなくてすむかもしれません。ルアイは、湾岸戦争のおかげで学校に行かなくてもよかったし、好きなだけ夜更かしできたと言います。でも、教育が受けられなかった彼は今、路上で新聞を売ってやっとなんとか生きています。

 これが自分たちの子どもたちだったらどうしますか。めいだったら? おいだったら? 近所の人だったら? 子どもたちが手足を切られて苦しんで叫んでいるのに、痛みを和らげることも何もできないことを想像してみて下さい。娘が崩壊したビルのがれきの下から叫んでいるのに、手が届かなかったらどうしますか。自分の子どもが、目の前で死ぬ親を見た後、おなかをすかせて独りぼっちで道をさまよっていたらどうしますか。

 これは冒険映画でも、空想物語でも、テレビゲームでもありません。これが、イラクの子どもたちの現実なのです。最近、国際的な研究者の一団がイラクに行って、戦争が近づいていることが、向こうの子どもたちにどう影響しているかを調査してきました。

 彼らが話した子どもたちの半分が、これ以上何のために生きるのか分からないと語っていました。本当に小さい子どもたちでさえ、戦争のことを知っていて、心配していました。5歳のアセムは「銃や爆弾がいっぱい来て、お空が冷たくなったり熱くなったりして、みんないっぱい焼けちゃうんだよ」と言いました。10歳のアエサルは、ブッシュ大統領に「たくさんのイラクの子どもたちが死にます。それをテレビで見たらきっと後悔する」と知ってほしい、と言っていました。

 こちらの小学校のことを話します。私は、人とけんかをしたときには、たたいたり悪口を言ったりするんじゃなくて、「自分がどう思うのか伝えなさい」と教えられました。相手の身になったらどう感じるのか、理解してもらうのです。そうすれば、その人たちはあなたの言うことが分かって、やめるようになります。

 いつものように私は、どう感じるか伝えたいと思います。ただし、「私」ではなく、「私たち」として。悪いことが起きるのをどうしようもなくただ待っているイラクの子どもたちとして。何一つ自分たちで決めることはできないのに、その結果はすべて背負わなければならない子どもたちとして。声が小さすぎて、遠すぎて届かない子どもたちとして。

 私たちは、明日も生きられるか分からないと考えるとこわいです。

 殺されたり、傷つけられたり、将来を盗まれると思うと悔しいです。

 いつもそばにいてくれるお父さんとお母さんがほしいだけなんです。

 そして、最後に。私たち、何か悪いことをしたでしょうか。わけが分からなくなってるんです。





posted by てくてく。 at 18:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

2010年8月6日、広島市平和記念式典「平和宣言」

Tamyです。

65年前の今日8月6日、広島に原爆が落とされた日。

戦争とは、原爆とは、平和とは、いのちとは、そして私に、私たちにできることとは・・・。

考えて、考え合って、何かできることを、まず足元から、視界の範囲から。

国連事務総長、核保有国であるアメリカ、イギリス、フランスの政府代表も出席して開催された広島市平和記念式典がさきほど行われ、私も広島市のインターネットでのライブ動画配信をみて「参加」しました。

このうち、広島市長の平和宣言を下記に転載します。

***
平 和 宣 言


「ああ やれんのう、こがあな辛い目に、なんで遭わにゃあ いけんのかいのう」―――65 年前のこの日、ようやくにして生き永らえた被爆者、そして非業の最期を迎えられた多くの御霊と共に、改めて「こがあな いびせえこたあ、ほかの誰にも あっちゃあいけん」と決意を新たにする8 月6 日を迎えました。

ヒロシマは、被爆者と市民の力で、また国の内外からの支援により美しい都市として復興し、今や「世界のモデル都市」を、そしてオリンピックの招致を目指しています。地獄の苦悩を乗り越え、平和を愛する諸国民に期待しつつ被爆者が発してきたメッセージは、平和憲法の礎であり、世界の行く手を照らしています。

今年5 月に開かれた核不拡散条約再検討会議の成果がその証拠です。全会一致で採択された最終文書には、核兵器廃絶を求める全ての締約国の意向を尊重すること、市民社会の声に耳を傾けること、大多数の締約国が期限を区切った核兵器廃絶の取組に賛成していること、核兵器禁止条約を含め新たな法的枠組みの必要なこと等が盛り込まれ、これまでの広島市・長崎市そして、加盟都市が4000 を超えた平和市長会議、さらに「ヒロシマ・ナガサキ議定書」に賛同した国内3 分の2 にも上る自治体の主張こそ、未来を拓くために必要であることが確認されました。

核兵器のない未来を願う市民社会の声、良心の叫びが国連に届いたのは、今回、国連事務総長としてこの式典に初めて参列して下さっている潘基文閣下のリーダーシップの成せる業ですし、オバマ大統領率いる米国連邦政府や1200 もの都市が加盟する全米市長会議も、大きな影響を与えました。

また、この式典には、70 か国以上の政府代表、さらに国際機関の代表、NGO や市民代表が、被爆者やその家族・遺族そして広島市民の気持ちを汲み、参列されています。核保有国としては、これまでロシア、中国等が参列されましたが、今回初めて米国大使や英仏の代表が参列されています。

このように、核兵器廃絶の緊急性は世界に浸透し始めており、大多数の世界市民の声が国際社会を動かす最大の力になりつつあります。

こうした絶好の機会を捉え、核兵器のない世界を実現するために必要なのは、被爆者の本願をそのまま世界に伝え、被爆者の魂と世界との距離を縮めることです。核兵器廃絶の緊急性に気付かず、人類滅亡が回避されたのは私たちが賢かったからではなく、運が良かっただけだという事実に目を瞑っている人もまだ多いからです。

今こそ、日本国政府の出番です。「核兵器廃絶に向けて先頭に立」つために、まずは、非核三原則の法制化と「核の傘」からの離脱、そして「黒い雨降雨地域」の拡大、並びに高齢化した世界全ての被爆者に肌理細かく優しい援護策を実現すべきです。

また、内閣総理大臣が、被爆者の願いを真摯に受け止め自ら行動してこそ、「核兵器ゼロ」の世界を創り出し、「ゼロ(0)の発見」に匹敵する人類の新たな一頁を2020 年に開くことが可能になります。核保有国の首脳に核兵器廃絶の緊急性を訴え核兵器禁止条約締結の音頭を取る、全ての国に核兵器等軍事関連予算の削減を求める等、選択肢は無限です。

私たち市民や都市も行動します。志を同じくする国々、NGO、国連等と協力し、先月末に開催した「2020 核廃絶広島会議」で採択した「ヒロシマアピール」に沿って、2020 年までの核兵器廃絶のため更に大きなうねりを創ります。

最後に、被爆65 周年の本日、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げつつ、世界で最も我慢強き人々、すなわち被爆者に、これ以上の忍耐を強いてはならないこと、そして、全ての被爆者が「生きていて良かった」と心から喜べる、核兵器のない世界を一日も早く実現することこそ、私たち人類に課せられ、死力を尽して遂行しなくてはならない責務であることをここに宣言します。

2010 年(平成22 年)8月6日
広島市長 秋 葉 忠 利
***
http://www1.city.hiroshima.jp/86live/sengen.pdf
(PDFファイル)
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2010年07月21日

目に入った1枚のポスター

こんにちは。

梅雨もあけ、本格的な夏に突入しましたが、いかがお過ごしですか??

夏バテしてませんか??

僕はもーバテバテで、夏ばてなんだか、熱中症なんだか 何がなんだかわからない状況です。。

みなさん、 夏ばて防止には!

よく食べ! ← 豚肉とか良いらしい!

よく寝て! ← 睡眠は大切!

冷房は控えめに!! ← 27〜8℃っくらい? 

(ミドリマン的考え)


さ、こんな話はここまでで、以下真剣な話に入ります。



とある一枚の写真に目がいきました。

見たことのある人も居ると思いますが、写真はこちら。

焼き場に立つ少年.jpg


題名は『焼き場に立つ少年』です。


このポスターを初めて見たときは

「どこを見ているんだろう?」

「裸足だな」

「両親は戦死しちゃったのかな・・・」

と、浅はかな考えでしたが、 ふと文字が書いてあるのに気がつき、読んでみると・・・



衝撃が走りました。


以下、引用




佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。
すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。
しかも裸足です。
少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。
男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。


「焼き場に立つ少年」 1945年 長崎 撮影 ジョー・オダネル(元米従軍フォトグラファー)

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2010年07月12日

『15歳の志願兵』

ワールドカップ決勝!参議院選挙!が終わり、ハラハラ・ドキドキ・ワクワク・シクシク・・・


色々なドラマがありましたねー。


寝不足な方は何人いるかな(^^)三日月??



さて、今回は戦争に関するTV情報のお知らせです!

今回紹介させてもらうのは

『15歳の志願兵』

8月15日(日)21:00〜22:13【NHK総合】

です。


8月に入ると、どこの局でも戦争の話題、ドラマが絶えませんよね!!

昨年の夏は引越ししたて&最賃生活やらなにやらやっていたため、TVTVも無く、当然ビデオデッキもDVDデッキも無かったため、見れない 見れない・・・の大悲劇。。。


そんなこんなで、今年に向けて チョビチョビ テクテク ヨチヨチ と貯金をし、ようやく念願のDVDデッキを手に入れたミドリマンですひらめき!!



さ、番組紹介↓↓↓





以下ホームページより−−−−−−−−−−−−−−

http://www.nhk.or.jp/nagoya/jyugosai/index.html ← (NHK 15歳の志願兵 HP)

軍国少年を生み出した裏側

「祖国のために命を捧げる」軍国少年はどのように生み出されたのか?軍部は航空兵不足の解消のため、新聞やラジオを通じ、まだ徴兵年齢に達しない15歳の少年たちに、飛行学校への入学を呼びかけていた。


 だがそれでもなかなか志願者が集まらないことにいら立ち、全国の旧制中学校に甲種飛行予科練習生の志願者を割り当て、ノルマを達成するよう学校に圧力をかけたのだった。


 その結果、学校は軍部と協力して生徒たちを洗脳し、自ら志願させるように仕向ける手段をとるのだった。


あらすじ

 昭和18年。海軍は航空兵不足の解消のため、全国の中学校(旧制)に甲飛予科練習生の志願者数を強制的に割り当てた。


 愛知一中の割当ては47人。しかし、名門校を自負する生徒たちは戦争を冷ややかに見ており、愛知一中の3年生・藤山正美(池松壮亮)もその一人だった。正美にとって、端艇部(ボート部)の親友・笠井光男(太賀)と文学や将来について語って過ごす時間が何よりも大切だった。


 志願者の少なさに焦った軍部は、校長を通じて『時局講演会』を開き、生徒への指導強化を命じる。正美の父・順一(高橋克典)は同校の英語教師で、戦争に賛成ではなかったが、それを明確に口にすることはできなかった。


 7月5日、700人の生徒が集まった柔道場では、軍人たちが悲痛な戦争体験を話し、教師は名門一中の生徒として進んで戦場に行くべきだと語る。


 熱狂の中、お国のために役に立ちたいと使命感に目覚めた純真な生徒たちは、次々と志願を誓う。冷静に聴いていた正美までもその空気に飲み込まれ、「戦場に行く」ことを宣言した。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  


 まだ少し時間はありますが、戦争を体験した方が少なくなっている今、戦争の苦しみ、悲惨さをどのように次の世代に伝えていくか。また、二度とあの悲劇を繰り返さないためにも、それぞれの考えはあるにしろ、見ておきたいドラマだと思い、のせさせてもらいました。




実話だそうですので、興味のある方は是非ご覧下さいTV!!


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2010年03月04日

みなさんに呼びかけます!!

連日続けて、まー坊です。。。

今日は、全国の福祉保育労の青年に呼びかけます!!
先日、ミドリマン氏も書いていましたが、
NPT再検討会議というのが、
5月に行われます。


NPT(核不拡散条約)とは・・・。

アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国だけに、核保有を認め、それ以外の国への核兵器保有を防ぐために1970年に発行された条約。非核国は、核武装しないことを約束し、核保有国は、核軍縮の義務を負います。現在190カ国が加盟しています。再検討会議は、5年おきに開かれ、とりくみの進み具合などが話し合われます。


NPT(核不拡散条約)代表団とは・・・?

2010年には、核不拡散条約(NPT)再検討会議がニューヨークで行われます。各国政府代表に、核兵器廃絶の実現を具体化するように、要請行動やアメリカ各地で核兵器廃絶のアピール行動を行うのが代表団です。世界各国から代表団が派遣され、数万人規模になります。

という一応色々な説明を書きました。


この代表団に、福祉保育労からも数名行くことが予定されています。

ヒロシマとナガサキへ原爆が投下されて60年以上が経ちます。
しかし、世界にはいまだに核兵器があふれています。
NPT(核不拡散条約)のことを、みんなに語ろうと思って、
原爆について、とりわけ、今日は、ヒロシマについて、
色々調べていたんですが、
なんか、途中でつらくなってきて、
なんか、すごくしょげ込んで・・・。
目をそむけたくなるけど、でも、そむけちゃダメ。
なんか、ずっとグルグル思考になってました。

だいぶん前に、ブログで書いたような気もするけど、
今日は、歴史を調べていましたが、
歴史を刻むことは、もちろん大切です。
でも、それを自分の中に秘めながら、
どう具体的に「平和を守る」実践をしていけるのか、
それが大切です。

一人の力は、たかだか知れているのかもしれませんが、
みんなの力になると、すごい力になるはずです。

そこで、
「NO!核兵器
〜核兵器をなくしたい!
そのあなたの思いを折鶴に折り込んでみませんか?」
というとりくみです!!

自分の願いを書いて、はさみで正方形にして、
鶴を折るというものです。
(ちなみに取り扱い団体は、全国福祉保育労働組合です)
NPT代表団に託しNPT再検討会議へ想いを
届けようというものです。

大阪地本の方にもたくさん届いていたので、
各地本・支部にそろそろ届いているんだと思います。

みんなで、折鶴作りませんか〜?

今日、大阪地本青年部の役員会があったんですが、
周りの組合員はもちろんですが、利用者や子どもたちにも、
平和のことを語り合いながら、
一緒に折鶴を作ることができないかな〜?
と呼びかけました。

ぜひ、みんなで作っていきましょう!!
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2009年10月08日

地元九条の会で…パートU

群馬支部あややさんより、
「地元9条の会」の作品の写真です。
ではでは。。。

ど〜ん!
09.10.8キキュウT作品 006.jpg

どーん!!
09.10.8キキュウT作品 005.jpg

そして、どどーん!!!
09.10.8キキュウT作品 004.jpg

はい、以上、まー坊でした。
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2009年08月15日

平和って…

群馬のあややです。今年もこの日を迎えました。
そして、キキュウTをみながら、やっぱり憲法9条が変えられたら……考えられないし考えたくないなと。

ここ数日TVでも終戦のこと等々流れています。で、ふと私が初めて全国青年部に関わるようになって初めて参加した《なつわか。in東京》(終戦60年)でのことを思い出したり…。
その頃の話にでていた憲法9条はかえてはいけない!憲法9条をかえるということは日本がアジアから敵となるということetc. 5年前思って、話てきていたことを誰もがみるような番組の中でも語られていました!!!

今年の群馬で行われた憲法記念日集会(5/3)の中では、“憲法は守るものではなく、使うもの”、“コスタリカでは子供たちが平和憲法をつくったことを誇っている”という話がされました。
自分だけでなく、すべての人の平和を願う。当たり前のことなんだけど、その当たり前のことを大切にしていきたいなぁと思うこの頃です。
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2009年08月10日

2009年 原水爆禁止世界大会in長崎

暑い日が続いてますが、皆さんお元気ですか
京都のYumiです。
先日のtamyさんの記事に書かれていた原水爆禁止世界大会について報告します。

原水爆禁止世界大会とは、核兵器のない平和で公正な世界をつくろうと毎年行われる大会です。世界各国からもたくさん来られてアツい議論と交流がされます。今年は8/7〜9に長崎で開催されました。

1日目の開会総会後に、「核兵器をなくそう・世界青年のつどい2009inナガサキ」があって1600人の青年が参加。そこで福祉保育労青年部として発言をしてきました。

20090807-03.jpg


発言内容は、こっぱずかしいので載せませんが…あせあせ(飛び散る汗)
緊張で震えましたけど、東京地本の皆さんがたくさん一緒に檀上に上がってくれはって心強かったです。
ありがとうございました。
ほんとに、「平和こそ最大の福祉」だと実感しました!
最後は、みんなで「歩いて行こう」を大合唱しましたるんるんるんるん

20090807-06.jpg

2日目は、各分科会に…
私は、動く分科会に参加し、被爆遺構めぐりをしました。
原爆投下中心碑から出発し、原爆投下当時のままの地層や、爆風で吹き飛ばされたマリア像、小学校内の防空壕、平和公園、原爆資料館など、じっくり考えながらまわりました。

今もまだ多くの傷跡を残して、今もまだたくさんの被爆者の方が苦しんでおられて、戦争の悲惨さを目の当たりにしました。

核兵器をなくすために、唯一の被爆国である日本が先頭に立っていかないといけないと改めて思いました。
今も他国で続く戦争や紛争が、核抑止力ではなく話し合いで解決することを強く望みます。

3日目の閉会総会では、原爆投下11:02に全員で黙祷しました。
たった1分間の黙祷やけど、あの一瞬でたくさんの人が平和への祈りをささげました。私も涙が出ました。
でも、みんなの思いが一つになったと感じました!

今回、参加出来て本当に良かったなと思ってます。
いろんなことを感じた3日間でした。
来年は、もっとたくさんの青年が参加してほしいです!
あまり上手くまとめられませんでしたが、以上報告です。



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2009年08月06日

8月6日を迎えて

ども、tamyです。今日は8月6日。世界で初めて原子爆弾が投下された日です。

今朝、広島市では「平和宣言」も読み上げられ、「Yes,we can.」としめくくられました。(下記「平和宣言」をクリック!)
平和宣言(広島市 2009.8.6)

原水爆禁止2009年世界大会のメイン・長崎大会が明日7日から9日まで開催されます。東京からは20代・30代の13人が長崎に向かいます。

その初日7日の夜、世界青年のつどいでは、なななんと、福祉保育労青年部の発言があります。ステージに「平和こそ最大の福祉」の幕を掲げてのスピーチ(予定)。

原爆、戦争、平和・・・。
考えあいたいですね。
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2008年05月08日

9条世界会議・関西

みなさん、こんにちは。
管理人です。

さて、6日に行なわれた9条世界会議・関西。
どうやら、「8000人が参加」との主催者発表が
正式のようですダッシュ(走り出すさま)

こちら、会場のようす

Image076.jpg

どーん

休憩時間の合間に撮ったので、少なくなっていますが
相当たくさんのみなさんが来ていて。
世界の貧困と憲法9条…だったようなテーマの分科会は
人があふれかえるほどの盛況ぶりでした。

海外ゲストのスピーチあり、子どもたちの歌あり。

そして、大学生の発言では
「憲法を変えようとする人たちと
平和について話し合うことを大切にしてほしい」
ということを言っていて、ふむふむ、と考えさせられましたスペード

・ほかにも香山リカさんの対談
・ソウルフラワーユニオンというバンドの演奏
・UAさんのビデオメッセージ
も聴けて電話

GW最後の日を、要員として一日費やしましたが
平和をまもるための栄養を養ったので
よかったと思うのですいい気分(温泉)

朝日新聞の世論調査によると、憲法9条改正反対が66%。
「変えるほうがよい」の23%を大きく上回る回答となったそうです。
いい流れだと思います。
そして、社会保障切り捨ての世の中も、何とかしたいと思う
今日この頃ですゴルフ
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2008年03月21日

9条グッズのご紹介

みなさん、こんにちは晴れ
今日は、いい天気です。

さて、本日は9条グッズのご紹介!
こちらをご覧あれ。

Image015.jpg

デザイン、かわいいねーかわいい
なんだか清清しい感じで、いいです。
9条茶です。
150円(500ml)です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
緑茶(清涼飲料水)
原材料は、緑茶(煎茶)、ビタミンC
栽培元は、宮崎県
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

●5月に大阪で、「9条世界会議in関西」というイベントがあり
その会議に先がけて…

@9条世界会議茶−−−−−−−−−−1本500ml…150円
Aエコバッグ−−−−−−−−−−−−1個…500円
Bマスコットログ入りクリアファイル−−−1個…100円
Cマスコットロゴステッカー−−−−−−1枚…150円
Dカンバッチ−−−−−−−−−−−−1セット(9個)…1800円
E書籍「イマジン9」−−−−−−−−−1冊…1,000円

このようなものが販売されるのですねーひらめき
とりくみを通して、9条を広めていこう、という趣旨です。
本日は、ステキなグッズのご紹介でした。

なお、9条世界会議は全国各地でもおこなわれる予定です。
ここで、関西の予定をご紹介しますダッシュ(走り出すさま)

9条世界会議in関西−−−−−−−−−−−−−−
と き 2008年5月6日(火・祝)10時〜16時30分
ところ 舞洲アリーナ(最寄り駅:JR桜島駅)
参加費 一般:1,000円 大学・専門学校生:500円
    高校生以下:無料、介助者:無料
    ※手話通訳あり
プログラム 午前:アジアのゲストとともに、9条を語り合おう
    午後:海外ゲストのスピーチ
       (ベアテ・シロタ・ゴードンさんなど)
       ソウル・フラワー・ユニオンのライブ
       小山乃里子さん・香山リカさんの対談
       若者の9条トーク
       子どもたちの歌とけん玉パフォーマンス
       大合唱、ビデオ上映など(UAさんのメッセージなど)

end
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2006年09月15日

9月17日(日)午後9時からTBS「僕たちの戦争」

ども、tamyです。おすすめドラマのお知らせを。

今度の日曜日、9月17日(日)に午後9時からTBSスペシャルドラマ「僕たちの戦争」が放送されます。

小説のドラマ化ですが、明石家さんまさん主演で内容も大きな反響を呼んだ『さとうきび畑の唄』、あの日までの3姉妹の生活と戦争が奪ったものを描いた『広島・昭和20年8月6日』、この2作に続く、戦争をテーマにしたドラマです。
9月17日(日)午後9時〜TBSスペシャルドラマ「僕たちの戦争」
http://www.tbs.co.jp/boku-sensou/index-j.html

上記の番組ホームページによれば、今回のテーマは若者。若くして戦争の犠牲となった回天の乗組員のストーリーと現代の若者の戦争に対する意識に注目した作品とのこと。

この一連の作品のプロデューサー・八木康夫さんのインタビューでのメッセージは本当にすばらしいです(番組ホームページ内「インタビュー」)。

「若者と戦争」について語られることが最近報道などでも多くなり、それらは一方的だったり、観念的だったりしているようにも思います。

若い世代を中心にしながらも、世代をこえて「僕たちの戦争」とはそれぞれにとってどんなものなのか、ぜひ考えてみたいですね。そのいい機会になるのではないかと思います。

また、8月2日にDVDがセル&レンタルリリースされた『広島・昭和20年8月6日』は、「涙そうそうプロジェクト」として、9月29日(金)18:55〜「TBS開局55周年 涙そうそう4時間スペシャル」の第2部でふたたび放送され、映画「涙そうそう」は翌日公開です。

9月29日(金)18:55〜「TBS開局55周年 涙うそう4時間スペシャル」
http://www.tbs.co.jp/program/tokuban_sousou_060929.html

映画「涙そうそう」
http://www.nada-so.jp/

お知らせでした。
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2006年08月19日

8月22日午後9時から「ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール」

みなさん、tamyです。戦後・被爆60年の昨年に続いて、この夏も戦争や平和について考えさせられる特集番組が放送されていますね。

さて、沖縄戦のひめゆりにスポットをあて、長谷川京子さん主演で話題のドラマが22日に放送されます。関東では明日20日のお昼過ぎ、22日の夕方に関連番組も。ドラマのwebサイトも充実しています。

・8月20日(日)14:20から15:00 日本テレビ(関東ローカル)
「61年目の証言 少女たちが見たひめゆりの塔」

・8月22日(火)15:55から16:53 日本テレビ(関東ローカル)
「終戦特別記念番組 ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール〜出演者が語る沖縄戦の涙と今夜の見どころ」

◆日本テレビ終戦記念特別ドラマ 8月22日(火)21:00から23:24
ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール
http://www.ntv.co.jp/drama-sp/index.html

◆戦争 女性の視点から
 「最後のナイチンゲール」日テレ22日放送(2006/8/15読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/20060815et03.htm

 日本テレビは22日、終戦記念特別ドラマ「ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール」(後9・00)を放送する。沖縄ロケの模様を通し、ドラマの見どころを紹介する。(松崎剛)

 名護市の郊外。炎天下を、もんぺ姿の少女たち十数人が黙々と歩く。日本で唯一行われた地上戦に際し、従軍看護を担った女生徒たちだ。先頭にいるのは看護婦長、美智子を演じる長谷川京子。赤十字の印が入った看護キャップをかぶり、しっかりと前を見据えている。

 この学徒看護隊が行軍する光景は、ドラマの中でも重要なシーンの一つ。それだけに、幾度となく収録が繰り返された。強い日差しを避け、ロケは早朝から行われるものの、結局は夕刻までずれこんで、ほぼ一日がかり。出演者にとっては、「帰りのバスの中でクーラーが利いた席にすわるとホッとする」(女生徒役の一人・岩田さゆり)日々が続いた。

 こうして制作されたドラマは、脚本家の遊川和彦の企画。3年前に同じ沖縄戦を舞台にしたドラマ「さとうきび畑の唄」(TBS系)を手がけて人気を博したが、今回スポットを当てたのは、戦争の悲惨さとともに「出産シーンに象徴されるような生きることの大切さ、喜び」だったという。

 ドラマの佐藤敦プロデューサーは言う。「学徒看護隊というと、『ひめゆりの塔』を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、そうでない名も無き看護隊もたくさんいた。ドラマはそうした少女たちに目を向けました。また、看護隊を率いる美智子は助産婦でもあり、戦時下で新しい命が誕生していくという出産シーンを、重要な場面で盛り込みました」

 「演じる美智子は自分の考えをしっかり持っている女性。どんな状況で出産シーンに臨んでも、決して動じない。女性は強いんだと改めて思いました」と、長谷川。従来の戦争ドラマとはひと味違い、「女性の視点」から制作されているのも特徴だ。

 ドラマの出演者は、ほかに椎名桔平、成海璃子、市川由衣、サエコ、泉谷しげる、植木等、八千草薫ら。
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2006年03月20日

大阪 平和の人絵文字〜完成〜

みなさーん

こんにちは。

大阪は今日、日が照っていて、少し暖かったので、

ほっと一息。


さて、今日は

昨日の人絵文字の報告。

各地でも3.19全国いっせい行動が呼びかけられていたのですが

●イラク戦争あかんで 「自衛隊は、はよ帰ってきてな」
●米軍基地は強化したらあかんで
●憲法9条をまもって、平和を創ろうや

をスローガンに

大阪では人絵文字をつくりましたぞ。


ーじゃーんー

060319人文字 (15).jpg

「GO HOME 虹の旗」

4000人が集まったのだそうで

成功です。


ビュービュー寒い風が吹く中で、

私は受付要員で、

鼻の蛇口から若干水漏れしながら(失礼)していましたが、

そんな天候、気にせずに続々と集まる人々。

成功の瞬間は会場は一体感に包まれました。

みんないい顔してましたよー。


少し残念なのが、例年は準備期間も含め、

街頭宣伝をはじめとしたアピールで

様々な人に呼びかけをしながら、平和の輪を広げることに

主眼が置かれていたのですが、

今回は人絵文字を成功させるために、

ウェイトがあったので、

せっかくのとりくみが活かしきれていない…

自戒の念も込めて、反省です。


イラク戦争から3年、そして国民投票法案が

上程されようとする中、

平和の輪を、これまでつながりのない人たちに

よびかけ、つながるために何ができるのか

考えていきたいものです。
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2006年03月10日

平和を願って人文字

いやはや、みなさん。

すこしずつ暖かくなってきましたねー。

日も長くなってきたし。

今日は大阪は雨降りです。

明日は20℃近い気温だそうです^^ もう春ですねー。


本日は、3.10全労連「青年・パート中央行動」です。

福保労の青年のみんなも、行動に参加していることと思います。

また参加の報告をもらいたいので、

ぜひ書き込み、よろしくお願いしまーす。


ところで今日は、大阪から

「平和」のお知らせ。

●人絵文字
日 時  3月19日(日) 10:00開場、10:30開会《雨天決行》
場 所  扇町公園(JR天満駅下車、徒歩5分・堺筋線扇町駅下車1分)

開催趣旨は以下のとおり。
2003年3月20日のイラクへの侵略戦争開始からまもなく3年を迎えます。
イラクからの撤兵国が相次ぐ中で、日本は自衛隊派兵を継続しています。
アメリカが世界中で起こす侵略戦争に自衛隊を送り込むために、
市民・自治体の反対の声を無視して、日米両政府は在日米軍基地の強化、
米軍・自衛隊の一体化をすすめ、憲法9条改悪をたくらんでいます。
3月18日から20日に世界的な反戦行動が行われ、
国内では3月19日に「全国一斉基地教科反対行動」がおこなわれます。
これらの呼びかけに呼応した「3.19大阪集会」に、ぜひご参加下さい。
ご一緒に、人絵文字で世界に平和をアピールしましょう!

ということなんですが、

今年はその人絵文字…


『虹色の旗』


です。

ステキな旗ができるように、がんばってきます。

また、報告します。
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2006年01月30日

国民投票「マガジン9条」より

この休日は、みなさんどう過ごしましたか?

大阪はすこし暖かくて、ホッと一息ついてまーす。

先日のマガジン9条のプレ「国民投票」ですが、
だんだんと「9条改悪反対」の投票が、盛り上げてきているようで!
いい雰囲気です。

ただ期限は2月1日(水)までなので、周りのみんなに広げてくださーい。


あややさん

ご質問の件ですが、私の携帯の形態では、サイトを見ることは出来ませんでした(>_<)
一度、先のアドレスにアクセスしていただければと思うのですが…。
よろしくお願いします。


まー坊さん
大阪の熱い(暑い?!)メッセージ、おもしろかったですね。
また青年部定例会で活用できそうなので、前向きに検討しましょーね。


tamyさん
この前はお疲れさまでした。
興味深いTVで、「絶対見るで!」と思っとったら、もう終わってたo(TへT)o
ご自身のブログも多忙な中、さすが鋭い視点で書いてくださるので、うれしい限りです。
どうもです。


またみなさんからのメッセージ、お待ちしていまーす。
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2006年01月27日

憲法9条 プレ国民投票

マガジン9条(アクセスはこちらから。http://www.magazine9.jp/index0.php
が、どえらいことになってまーす。

みんなのアンケート、新春特別企画「国民投票」をぜひ見てください。

なんとこの国民投票の経過…

現在「9条を変える」が、8割を超えており、

「9条を変えない」は、2割となってまーすo(TへT)o

アンケートは6つの項目が用意されていて、もっとも意見の近いものに投票すれば

よいというもので。

「なつわか」で共有した平和への思い。

プレ国民投票と思って、ぜひ投票行動に参加してほしいと思っています。

投票期間は、2月1日(水)AM10時まで。

管理人より
posted by てくてく。 at 15:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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